屈辱を経て -藤ヶ谷陽介選手の献身について-

試合後、サポーターに手を振りながらベンチに戻る藤ヶ谷の姿に感情が溢れ声が出なくなった。何度だって別れを経験してきているはずなのだが、特別な感情にさせられた。私達は知っている。ピッチ内だけでは計れないチームへの貢献度や、素晴らしい人間性を。


藤ヶ谷への愛で溢れた2017シーズン最終節

同じく今節で引退するFC東京の石川直宏は試合後のセレモニーで自分に関わる全ての人への感謝を語った。誰かのサポートがあってこそ自分が輝くことができる。サッカーに関わらず人生において真理だろう。怪我をしたからこそ発することができたであろう素晴らしいスピーチだった。

そんな石川直宏のスピーチを聞きながらキャリアの晩年は“サポートする側”の時間が長かった藤ヶ谷のことを想った。代表的なものはガンバに2度目の移籍をしてきてから務めた「セカンドキーパー」としての立場だ。過去にはGKのレギュラーを争う中で都築と松代が口を利かなくなった事例もあるが、ライバルのミスは自分へのチャンスと同義である世界でセカンドキーパーとしての立場を受け入れることはもっと評価されていい。東口が調子を落とした時期、ハーフタイムや試合後に藤ヶ谷が寄り添い励ましているシーンを見たことは一度やニ度じゃない。ライバルと切磋琢磨して高めあうアプローチもあると思うが、セカンドキーパーが自分の味方でいてくれる安心感は東口の充実につながっているはず。

「ガヤる」という心ない言葉が流行った時期もあった。味方であるはずのガンバゴール裏からも罵声が飛んだ。相手サポーターからは藤ヶ谷のスタメン紹介時に拍手をされる屈辱もあった。一番苦しかった時期に彼の味方はいなかったのではないか。私も批判をしていた記憶がある。そうした苦しかった経験がキャリアの晩年、セカンドキーパーとしての立ち振る舞いにつながっているのだとすれば……何と感謝を伝えればいい。本当に強い男とはああいう人間のことを差すのだろう。藤ヶ谷選手がガンバ大阪で引退を決めてくれたことサポーターとして誇りに思う。

試合後、鳴りやまぬ藤ヶ谷コールが少しでもセカンドキャリアを歩み出すサポートにならんことを。

関連記事:涙とベテラン -浦和レッズ戦-






去り際の美学 -長谷川健太監督のスピーチによせて-

今節のメインコンテンツは長谷川健太監督のシーズン総括スピーチ。事実上の退任挨拶で何を語るのか注目していた。

話された内容は自虐と皮肉含みの謝罪…と、私には聞こえた。三冠やACLベスト4といった良い想い出を語らなかったのはスタジアムの空気を読んだ結果か。文脈的に意味が分かりづらい「これで快く5年間に幕を閉じることができる」発言などサポーターからのブーイングに対して苛立ち、冷静さを欠いているようにも見えた。「やれよ事件」しかり、対サポーターに関しては最後までセンシティブだった印象がある。毎節試合後に繰り返されるサポーターを意識したテンプレコメントとは裏腹に、垣間見れるプライドの高さもあって心の距離は最期まで埋まらないままだった。


5年間お疲れ様でした。健太監督の未来に幸あれ

去り際には美学がある。そこでこそ人間性が試される。長谷川健太監督は何を語るべきだったのかを試合後からずっと考えていた。5年間の長期政権となったクラブに対してもっと語る言葉があったのではないか……最初はそう思った。

ただ、長谷川健太監督の立場になれば未来を一緒に歩めないと宣告された相手に話す言葉などないのかもしれない。山内社長に言わせれば「長谷川健太監督からの卒業」なのだが、「攻撃サッカーへの回帰」を掲げているクラブの姿勢は自身への否定と捉えてもおかしくない。J2に降格したガンバを立て直した自負もあるだろう。批判の矢面に立たされる現状や、フロントへの不満に対して気持ちの整理を付ける難しさは想像を絶する。自暴自棄になっていてもおかしくない。

監督業の難しさを痛感する。クラブは夢を売る商売で、夢は未来にある。一方、栄光は常に過去形だ。監督と悲しい別れ方になるのは宿命か。来シーズンからは他クラブを率いるであろう長谷川健太監督が最後に語った言葉「ブーイングを声援に変えて、来シーズン、ガンバ大阪、是非タイトルを奪取して欲しいと思います」が虚しく響いた。

関連記事①:スケープゴート ~“ガンバらしさ”を失った要因~
関連記事②:【ファン感謝祭】長谷川健太監督にシュートを教えてもらった話






クラブカラ―に染まる街 -等々力陸上競技場へ向かう道で感じたこと-

10年前、大阪から上京する際に家を借りるエリアとして最後まで迷った候補地が2つあった。

1つ目の候補は埼玉・川口。家賃が安く、ほぼ東京という立地から通勤にも便利な街である。ただ、「埼玉=浦和レッズ」という印象が強く、ガンバサポーターの自分が住むのはアイデンティティの否定になると却下した。親族からは「いい歳して馬鹿なことを…」的な反応をされたが今でも判断は間違っていなかったと思っている。神社で賛美歌は歌えない。

もう1つは神奈川・武蔵小杉。今日、武蔵小杉駅から等々力陸上競技場まで歩きながら痛感した。このエリアにも住まなくて良かった。10年前はここまでフロンターレカラ―が強い街ではなかったと記憶しているが、今や川崎フロンターレ駅なのである。


サッカータウン武蔵小杉


公園のオブジェもフロンターレカラ―を身にまとう街


定番のJクラブ自動販売機はもちろん


学校もフロンターレ―カラ―の装飾


川崎=フロンターレ。ヴェルディ川崎の面影はどこにも残っていない

武蔵小杉駅はベッドタウンの一面もあるので住んでいる職場の同僚は多いのだが、皆がフロンターレに洗脳されてきた歴史を目の当たりにしてきた。サブリミナル効果の側面があるのではないかと感じる。「計算ドリル」に代表される生活にフロンターレを忍ばせる作戦。潜在意識へのアプローチ。

阪神ファンでもないのにスタメン選手の名前を全員言えてしまう。そういう環境で育った私は生活の中での何気ない露出の重要性を身に染みて理解している。そんな地道な活動が身を結んだフロンターレ、最近では紅白歌手「SHISHAMO」を使った楽曲からのアプローチまで。ずるい。勢いがあるとはこういう状態のことを差すのだろう。天野春果氏は東京五輪後、次はガンバに出向すればいい。


武蔵小杉エリアのあらゆるお店にはフロンターレ色がちりばめられている


オシャレな美容院の入口にも


渡辺こども診察所にも


こんなものまでフロンターレカラ―

内容的には大惨敗ともいえるゲームを終え「クラブ力」とは何なのかを改めて考えさせられた。相変わらずアットホームな等々力陸上競技場や武蔵小杉の町並みから思うのは「帰属意識」の重要性。ガンバ大阪は2005年の優勝をきっかけに選手のタレント力やサッカーの魅力でもってサポーターの数を急増させていった歴史だと捉えている。しかし、それが崩壊しつつある現状をふまえ別のアプローチが求められている。新監督が成功する保証もない。

ピッチ内外共にガンバの求心力は急激に落ちている。少なくともサポーターの掲出物を事前申請制にするような重要な決定を密室で行うことはサポーターの帰属意識を高めることにはつながっていない。

関連記事①:虚無感の先に -天皇杯決勝総括-
関連記事②:【書評/読書感想】「スタジアムの宙にしあわせの歌が響く街」(天野春果)




スケープゴート ~“ガンバらしさ”を失った要因~

今週、「Number WEB」からガンバと馴染みの深いライターである佐藤俊氏下薗昌記氏から長谷川ガンバの5年間を総括する記事がリリースされた。両方の記事に共通して書かれていたテーマは「ガンバらしさ」について。

2つの記事から引用する。

佐藤氏の記事の一文

 形はどうあれ、「たまたま」や「なんとなく」の攻撃はガンバらしくない。



下薗氏の記事の一文

 現実主義者に率いられた大阪の雄は、クラブが本来、目指し続けて来た攻撃サッカーをいつしか失ってしまっていた。



文脈があるので一部を切り抜くのは危険ながら「ガンバらしさ=攻撃的サッカー」という前提で書かれている。“らしさ”が失われていることに対する問題提起である。

■スケープゴート

長谷川健太監督は「ガンバらしさ」から逸脱しているから悪とされる。ただ、何が逸脱であるかは時代や社会によって異なることを忘れてはいけない。就任当初は“ガンバらしさ”など問われていなかったし、10年後は長谷川ガンバのサッカーに回帰している可能性だってある。現時点でのガンバ大阪にとって“らしさ”が「攻撃サッカー」だったというだけだ。今となっては守備の立て直しを求められて召集された時点で長谷川健太監督とガンバ大阪のミスマッチは運命つけられていたとさえ思える。

一方で、長谷川監督はこの運命に抗おうとしていた。過去、メディアに対して「ガンバらしさとは攻撃サッカー」である主旨の発言を何度かしており、事実、今シーズン序盤は攻撃的なシステムにもチャレンジしている。ただ、結果が出なかった。そして、貼られた「守備しかできない監督」のレッテル。

ラべリング理論」というものがある。周囲によって決めつけられたイメージによって扱いが変わり、それによって本人のアイデンティティも変容し、本当にその決めつけ通りの人間になってしまうという犯罪心理学の理論である。「ガンバ大阪らしさ(攻撃的なサッカー)」と自分に貼られたレッテル(守備的サッカー)の狭間で苦しみ、そのレッテルに屈したのではないか。最終的には守備を重視するサッカーに原点回帰するチームマネジメントや、テンプレのように繰り返されるサポーターを意識したコメントから苦悩が垣間見えた。

そして、想う。

長谷川監督をガンバらしさを失った“スケープゴート”にしていないか…と。去る人間に全てを押し付けるのは簡単だ。ただ、それだけを要因とするならば“ガンバらしさ”を取り戻せない不安に駆られている。

関連記事:【ファン感謝祭】長谷川健太監督にシュートを教えてもらった話




伝説は“雨”とともに -浦和レッズ戦-

森高千里は「」を思い出も涙も流すものとして捉えていたようだが、ことJリーグに関して雨はむしろ記憶を助ける要素のひとつである。今節も後半アディショナルタイムの同点弾という劇的展開は雨の冷たさと共にずっと記憶される。得てして「雨」は伝説となるものの必要要素にもなっていて、近年では音楽ライブもその傾向があるし、「きつねの嫁入り」は雨伝説そのもの。

ポジティブな文脈で語られることの多い雨の伝説だが、実際問題は苦痛でしかない。今日も朝から惰性でシート貼りをしたものの、開門を待つ浦和御園イオンでは試合の延期を祈った…が、その想いは叶わず今に至る。試合後、埼玉高速鉄道の窓に映る雨に濡れた自分は朝より少し老けた気がした。

そして、現在は朝にはなかった喉の痛みに苦しめられている。金曜日の夕方「日曜日は雨なのにガンバの試合なんですよねぇ~」と会社でヘラヘラと喋ったせいで明日熱が出ても会社を休みにくい。「サッカー観戦で体調を崩して会社を休む奴」など社会人失格だ。まあ、紛れもない事実ではあるのだけど。


両ゴール裏は屋根がなくびしょ濡れ…

■最後まで頑張れた理由は?

4日前の水曜日には同じく埼スタで開催されたACL準決勝を観戦した。高い集中力で挑んだことが分かる一戦だったので、その試合からメンバーをさほど変えなかった浦和は消耗していたはずなのだが、そんな相手に各局面において一歩目の早さで上回られる展開にはガッカリした。なぜこのようなことが起きるのか…と。

ただ、結果的には3-3の同点で試合終了。浦和の消耗に助けられた部分も大きいが、勝っても負けてもあまり大きな意味をもたらすことのない一戦で選手達が最後まで頑張れた理由は何だったのだろう。1%でもサポーターの声援がその理由になっているのであれば喉の痛みは無駄じゃない。勝ち点1で喜ぶゴール裏の様子を見て、選手達が何か感じてくれたらいい。

関連記事:涙とベテラン -浦和レッズ戦-