井出遥也のスタメン抜擢&東口順昭の活躍から考える“自己評価” -アルビレックス新潟戦-

私の勤めている会社では年に2回“自己評価シート”なるものの提出が義務付けられている。いくつかある項目に対して自分の仕事ぶりを1~5点で自己採点するのだ。「評価は他人からされるものであって自分でするものではない」と、自己評価シートを空欄で提出したら上司から怒られた。

今節、井出遥也がスタメンに抜擢された。怪我人や出場停止こそあれ急激にチーム内の序列が上がっている。ルヴァンカップのゴールが評価されての抜擢だと推測するが、良くも悪くも評価は水物だと思わずにはいられない。今節、井出のプレーは十分及第点を与えられるレベルだったが、千葉時代の実績を考えればルヴァンカップ以前から彼はこれくらいのプレーは出来たはず。つまり、評価されていなかっただけだ。

一方、日本代表のテストマッチ3失点で評価を落としたのは東口順昭。どの失点もGKの責任とは言い難いものだと思うが3失点という結果が必要以上に重く捉えられている。ガンバでの実績を知っている身としては納得いかない。こちらは井出とは逆の形で評価の危うさを痛感する出来事だった。


本日公開された「ROHTO」のCMでも活躍した東口順昭選手

「評価は他人からされるものであって自分でするものではない」という考え方は改める必要があるかもしれない。他人の評価なんて信用ならない。自分のことを一番理解しているのは自分である以上、自己評価の大切さを再考している。他人の評価に左右されず自分を評価し、自信を持っていたからこそ井出はチャンスを掴みつつあるし、東口も代表明けの今節でファインセーブを連発できたのではないか。

自分を信じられなければ未来は切り開けない。井出や東口のプレーを観て思う。自己評価シートで5点をつけられる自分になろう。それはそれで上司から「謙虚さが足りない」と怒られそうだけど…。

関連記事:心を預かる ~主体性を促すマネジメント~



集大成 -ルヴァンカップ準決勝 セレッソ大阪戦-

【ガンバ大阪 1-2 セレッソ大阪】

長谷川健太監督の時代が終わっていたことを再確認させられるだけの辛い試合だった。ホーム開催の大阪ダービーにおいて押し込まれる展開を5バックで耐え抜くことを選択し、負ける。長谷川健太監督の終わり方に相応しい。栄光は常に過去形でしか語られない。こんな敗戦は受け入れられない。

そんな中で望むのはこの緊張感ある一戦を経験した若手選手達が敗戦を糧にして成長してくれること。野田しかり、平尾しかり、数分の出場時間であってもJ3で何試合出場しても得られない経験値を得たはず。1点の重み。ワンプレーの重み。敗戦したからこそ得られる成長もある。J3でぬるく失点を重ね続けている経験値では戦えない。

第1戦では赤﨑や井出のゴールで総力戦のポジティブな面が出たが、第2戦は逆に総力戦だからこその限界が露呈された。昨年のルヴァンカップ決勝のエントリで私はこんなことを書いていた。

ただ、その危機感や敗戦の悔しさはサポーターにとってモチベーションでもある。ビッグゲームでの敗戦こそクラブ愛が深まるもの。一つのサイクルが終焉したと思っていたチームが見せた前半のハイパフォーマンス、延長後半まで劣勢を耐え続けた意地や執念はこのチームがまだ死んでない事を証明していた。球際や運動量で無双状態だった井手口を筆頭に個人レベルで大いなる伸びしろを感じる選手もいる。



チームは蘇らなかった。昨年でサイクルはやはり終焉していて、今年はただ死を待つばかりのシーズンになった。井手口は期待通り成長したが、チームを去ろうとしている。私のクラブ愛もこの敗戦では深まっていない。

関連記事:【YBCルヴァンカップ決勝】ガンバ大阪-浦和レッズ@埼スタ





ピッチ上のコミュニケーションで大切なこと -マリノス戦を担当した上田益也主審の不安定さを受けて-

【ガンバ大阪 1-2 横浜F・マリノス】

「伝え方が9割」という本が大ヒットしたが今節の主審を担当した上田益也氏は課題図書として読んだ方がいい。大前提として基準がブレる(見えていない)力量不足の改善が最優先ではあるが、異議をとなえる選手とのコミュニケーションにも難があるように見えた。

吹田スタジアムになってから主審や選手の表情がよく見えるが、選手の抗議に対応する上田主審には余裕がなかった。ナメられまいと威厳を示そうとする心理が働くのか、諭すようなコミュニケーションが少なかった。興奮状態の選手に対して興奮で返す。これでは悪循環だろう。そもそもの発端は上田主審のヘボジャッジなのだから尚更である。イエローカードの出し方など癪に障る。


審判の表情まで見える吹田スタジアム

一方、今節はJリーガー同士だからこその独特なコミュニケーションシーンも見れた。途中出場した米倉とマッチアップした山中亮輔選手がファーストコンタクトからギリギリのフィジカルコンタクトを仕掛けてきた。そうした中、ゴールライン付近でボールをキープする米倉に対して明らかなアフタータックルのファールが発生。米倉は怒りを隠さず山中選手に何かを叫んでいたのだが、山中選手が手を差し伸べた瞬間にその手を掴み何事も無かったかのように山中選手の腰をぽんと叩いて試合に戻っていったのだ。

被ファールなど日常茶飯事で感覚が麻痺していたり、お互い様様だったり……米倉の怒りがすぐに収まった理由は色々推測されるが重要なのは相手がファールを認めた(手を差し伸べた)点にあるのではないか。このシーンは上田主審のコミュニケーションの在り方にも参考になるはずだ。

今節の2失点目。失点直前にジョンヤが相手に明らかなファールで倒されている。見逃されたことに激しく抗議するガンバの選手達。上田主審が言う。

「すいません。そのシーンは見てませんでした。」

それを受けたガンバの選手達が返答する。

「じゃあ、仕方ないな。次は頼むよ」

……とはならないか。それでも東口はやっぱり上田主審を小突くだろう。岩下がいたら胸ぐらを掴むかもしれない。上田主審よ、やっぱりコミュニケーションの問題ではないようだ。東南アジア研修からやりなおしてくれたまえ。

関連記事:ミ―ヤから学ぶ“自分らしく生きる”大切さ -大宮アルディージャ戦-



拍手に思う期待値の低下 -鹿島アントラーズ戦-

【鹿島アントラーズ 2-1 ガンバ大阪】

期待値が下がっているだろう。

試合直後の率直な感想は「今節は頑張った」だった。「頑張った」の中には納得感も含まれている。結果を求めて応援しているはずなのに負け試合に納得してしまう自分をどう捉えるべきなのか。

抽象的な「頑張った」とは具体的には何を指しているのだろうと考える。「勝ちたい気持ちが見えた」…まだ抽象的だ。「球際などで体をしっかり張っていた」…普通のことだ。結果、冒頭の結論に至った。

つまり、実力差を認めざるを得ない相手との試合で想定外に最後まで健闘したことを評価している。頑張った…と。自分で書いていて悲しくなる。冷静に思い返せば4~5失点していてもおかしくないゲーム内容なのだが。被シュートは30本だそうだ。弱い。弱過ぎる。本当はこんな試合を認めてはいけない。

チームは末期だ。長谷川健太監督退任という死を待つばかり。試合後のゴール裏は拍手も多かった。私もした。ただ、あの拍手は未来にはつながっていない。


試合前には鹿島神宮では絶対に御利益のない「ガンバ勝利」を祈願

関連記事:【ナビスコカップ決勝】鹿島アントラーズ-ガンバ大阪@埼スタ



その先に価値がある -天皇杯 柏レイソル戦-

天皇杯をPRをする際「優勝したらACL出場権獲得」が定番のPRフレーズとして使われている。天皇杯優勝自体の価値は低い…は言い過ぎだとしても、天皇杯の先にあるものに大きな価値を感じて大会に挑んでいる部分がある。

まあ、世の中はそんなものだらけだ。

例えば筋トレ。ベンチプレスを上げること自体に価値はなく、その結果手にする肉体美に価値がある。デートだってそうだ。水族館に行って、食事をして…それにも価値はあるが過程である側面もある。その先を目指したい。終電を逃したい。

しかし、地道に筋トレを頑張れない奴に、目の前のペンギンにはしゃげない奴に、その先はないのだ。今のガンバには“その先”を見据える資格がないことを見せつけられた。薄々気がついてはいたけども。



■違う楽しみ方を模索する来シーズン

ここ数年、個人的にACLアウェイ遠征はガンバサポーターの輪を広げる貴重な場であったので来年それがなくなるのは悲しい。一方で復活するであろう宮崎キャンプへの遠征、普段はあまり参加しないサポーターオフ会など例年と違うシーズンの楽しみ方があるだろうとも思っている。J2に降格した際、多くのガンバサポーターからJ2地方遠征を楽しみにしている声を聞きしたが、悲しい状況での楽観的思想は大切にしたいメンタリティ。

とりあえず、元旦の過ごし方を考える事からはじめよう。

関連記事: 【天皇杯決勝】浦和レッズ-ガンバ大阪@味スタ