サポーターの光と影 ~北九州アウェイ漫遊記~

ツイッタ―の通知音が鳴り続けている。

「○○さんがいいねしました」
「△△さんがいいねしました」

ガンバ大阪U-23に対して「負け続けていても彼らの未来を信じているから北九州まで応援に行ってくる」と〝意識高い系”ツイートをしたことに対する反応だった。

こうなると言えない。

ツイートをした時点で実は北九州のご当地グルメ「焼きカレー」で頭がいっぱいであったことを。購入しているチケットはゴール裏ではなく、バックスタンドでまったり観戦するつもりであることも。

本性がバレた時、世間の反応は冷たい。

「サッカー遠征というか、ただの観光ですね」
「ブログと人格が違ったのでフォロー外します」

過去の苦い記憶が自分を偽り続けさせる。許して欲しい。本当の私はお気軽なアウェイ遠征が大好きなぬるいサポーターだ。普段のアウェイ遠征で何をして、何を考えているのかを書きたくなった。

■試合前 -門司港観光-

北九州に到着後、まず向かったのは門司港。ここで福岡県に転勤中の高校サッカー部時代の友人・井下(仮名)と合流した。数週間前に子供が生まれて忙しい時期にも関わらず、私の道楽に付き合ってくれる。やはり持つべきものは友達である。まずは昼食。門司港名物「焼きカレー」を食べようと数週間前から決めていた。海外との貿易港として栄えた場所柄、西洋と東洋の良さが混在したハイカラなメニューがたくさん生まれ、その中でも広く浸透したのがこの料理なんだそう。


街ぐるみでPRに取り組んでおり、「焼きカレーマップ」も配布されていた

乱立する焼きカレー屋の中で今回入ったのは「伽哩本舗 門司港レトロ店」さん。理由は食べログで評価が高かったから。その場の直感で店を決める事は絶対にしない。事前に入念なリサーチを重ねる。食事に対しては保守的なのだ。

焼きカレーが提供されるまでの時間を利用してガンバユニホームに着替える。ユニホーム姿で街を歩く事で地元の人にアウェイサポーターの経済効果を感じてもらいたいので毎回こうしている。ユニホーム姿で行動する事で話しかけてもらえる機会が増え、稀に「遠くからよく来たね」と特別サービスを受けることも。スポーツツーリズムの醍醐味である。

焼きカレー完成。まずは食べる前にブログ用の写真撮影。様々な角度から何枚も何枚も。若干引いている友人の目線が痛い。めげずに友人が注文した焼きカレーも撮影させてもらう。ブログ(SNS)映えを意識して、仲間とは違う商品を注文する習慣もついた。結果、私のスマホ内の写真はアウェイ遠征時に食べたご当地グルメだらけだ。井下のスマホ内の写真は生まれたばかりの子供だらけだそうだ。ちらりと見えた待ち受け画面も子供だった。可愛い。子供の話をする井下は幸せそうだ。ちなみに、私の待ち受け画面はガンバボーイ(猫の写真と数週間交代でローテーションしている)である。


カレーにチーズと卵をのせて焼いている料理が不味いはずがなかった

昼食後は門司港を散策。アウェイ遠征を通じて各地方の文化や歴史を知ることができるのは自分の人生において財産の一つ。人生とは旅であり、旅とは人生である(©中田英寿)


北九州鉄道記念館で電車の歴史を学ぶ


門司港~関門海峡間を走るトロッコ列車


門司港レトロの町並み


下関市と北九州市をつなぐ関門橋


関門トンネル内は少し暑かった


関門橋の真下にある和布刈神社の御朱印

一通りの観光を済ませ、いよいよスタジアムに向かおうかという時に声をかけられた。

「そこのガンバのお兄ちゃん、ちょっと寄っていき」

エプロン姿のおじさんが椅子に座って紙芝居を見ていけと手招きをしている。ここが東京ならば確実に無視である。実際、門司港でも大半の人がおじさんの呼びかけを無視して通り過ぎていく。私も会釈して通り過ぎようとすると

「人生が変わるよ。この紙芝居にはそういう教訓が詰まっている。3分で終わるから」

その言葉を信じた訳ではないが、自分がユニホーム姿である以上、ガンバの看板を背負っている。無碍な対応はできない。渋々紙芝居前の椅子に座ると100円を取られた。有料かよ。先に言え。しかも、3分で終わるはずの紙芝居は一向に始まらない。他のお客さんの勧誘が続く。満席にならないと始まらないシステムらしい。

「ほら、そこのお姉ちゃん。ガンバも来ているんだから付き合いなさい」

恥ずかしいからやめて。あと、早く紙芝居始めて。集客に苦しむおじさんの言葉が荒くなってくる。

「最初から断ってどうするんだ」
「少しくらい話を聞きなさい」
 
もはや勧誘ではなくなってきた。悪態をつき始めたおじさんの目付きが少し恐い。・・・忘れていた。ここは北九州。大人しく紙芝居が始まるのを待つのが正解だ。門司港に沈められたくないぞ。待つこと10分後、宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘でお馴染み「巌流島の戦い」の紙芝居を鑑賞。自分の人生は一ミリも変わらなかったし、何回も聞いた事がある物語からは新しい教訓を得ることもなかった。スタジアムに戦略なき遅刻をしただけだ。


お喋り上手な紙芝居のおじさん。水あめをもらえる

■試合 -誰が為-

この遠征最大の目的である「ミクニワールドスタジアム北九州(通称:ミクスタ)」に到着。ピッチ面と同じ高さで観戦できる日本初の「ゼロタッチ」スタンドが魅力の今年新設された球技専用スタジアムだ。また、海の真横にあることでも話題になっており、2017シーズンの試合開催スケジュールが発表された時から絶対観に行こうとアウェイ遠征で貯めたANAのマイルで航空券を予約していた。


右の建物がスタジアム。左は海。この試合でボールが海ポチャして話題


試合前とは思えない強い負荷のウォーミングアップ

観客席からピッチが近いだけで選手達を見る目が変わる。想像以上に筋肉質な身体である事に気が付いたり、試合中の険しい表情に胸が苦しくなったり。迫力がダイレクトに伝わってくるので陸上競技場での観戦とは緊張感が違う。ただ、人は慣れる生物である。ピッチ内の選手を見入っていた時間は終わり、前半途中から雑談メインの試合観戦に移行する。

「このままではガンバ勝てないな・・・よし、選手交代。後半からFWに井下(一緒に観ている友人)を投入しよう」
「あいつ、いつも一人だけDFラインずれてるやん。澤田(高校サッカー部時代の友人)かよ」
「今のプレーは凄かった。全盛期の俺を思い出す」

大人の会話とは思えない稚拙さ。年齢が30代に突入しても高校時代からスタジアムでの会話の内容が変わらない。周りに誰もいなかったことが救い。多分、私みたいなサポーターが2ちゃんねるで叩かれるのだろう。私の学生時代はガンバが弱かったので「俺達でも勝てるんちゃう?」とサッカー部仲間でスタジアムに行くたびに盛り上がっていたことを思い出した。よく周りのサポーターから怒られなかったものだ。反省している。

試合は1-2で敗戦。試合後、ピッチに倒れ込んだ選手がいたが、傍から見ても気持ちを感じる好ゲームだった。ただ、これで1勝1分9敗。断トツの最下位。個人的には負け過ぎて敗戦への感覚が少し麻痺してきている。正直、負ける可能性が高いだろうと思いながら試合を観ている。育成に主眼が置かれるこのチームにおいても勝利を求められるプレッシャーは必要なはずなのだが、今の状況をどう捉えるべきなのか。連敗のチームを拍手で迎い入れるのが正解なのか。はたまた、ブーイングで叱咤激励すべきなのか。サポーターは難しいリアクションを求められている。

ミクスタでも見られた光景だが、J3では試合後にホームクラブの選手がサポーターとハイタッチなど密なコミュニケーションを取っており、選手達は誰のために戦っているのかを強く意識する環境にいる。「誰が為に」は試合を戦う上で大きなモチベーションになるが、ガンバ大阪U-23にはそれが乏しい。この差が現在の結果の一因になっているのではないかとアウェイの地で毎回思う。「自己成長」「(トップチーム昇格への)アピール」だけでは戦えない。セカンドチームという立場上、仕方ない部分もあるが、若いガンバU-23の選手達こそ孤独にはさせられない。私達の存在を力に変えてもらいたい。声援がモチベーションになり、成長と結果につながるはず。だから、これからもアウェイ遠征に行くつもり。


お疲れ様でした。また応援に行きます

■試合後 -出会い-

選手達も控室に戻り、スタジアムが閑散としてきた時間帯に観客席に落ちているゴミを拾って周るギラヴァンツサポーターを見かけた。SNS等ではよく見かけるシーンで、その度に「サッカーに偽善を持ちこむんじゃないよ」「もう飽きた」と否定的に見ていたクズ人間の私なのだが、実体験として目の当たりにすると結構感動する。しかも、そのゴミ拾いをされていたギラヴァンツサポーターから「撮影しましょうか?」とピッチをバックに井下との記念撮影までしていただいた。ご当地グルメやスタジアムの魅力もさることながら、案外こういうホスピタリティが地域やチームの印象を決定する。北九州にも優しい人はいる。

家がある久留米に日帰りするという井下とは小倉駅の「鉄なべ」でさくっと飲んで別れた後、別の店で残念会を開催しているガンバサポーター集団に合流させてもらう。まずは初めてお会いする方にご挨拶。狭いサポーターの世界であってもネット上の交流こそあれ、リアルでは顔を知らない方は多い。少しずつスタジアムで挨拶できるサポーター仲間が増えているのは幸せなこと。自分の乏しい社交性を考えれば奇跡的だとも思える。そもそも私はガンバを語る友人がいないからブログを始めたような人間である。結婚、出産、転勤……年齢に比例して疎遠になる友人も増える中で趣味のコミュニティの重要性は高い。コミュニティの輪を広げてくれるサポーター仲間には感謝しかない。


二次会で訪れたギラヴァンツサポーターが集う店


北九州は松本零士ゆかりの町

そうした出会いが更に発展するケースがあることを飲みの場で教えてもらう。そう、結婚。友人からここ10年で100回は言われたであろう台詞を思い出す。

「ガンバ関係でいい子いないの?」

そういう人間関係はスタジアムでは起きないと思っていた。ただ、冷静に考えればサポーター同士で結婚するのはサッカー観戦中心の生活をする人間にとって実に自然な流れだ。サッカー観戦が婚活やデートを兼ねる。素晴らしい。一石二鳥。ガンバサポの夫婦は子供にガンバのユニホームとか着せたりするのかな。いいなぁ。ガンバの若手の孤独を心配をする前に自分の未来を心配した方がいいことを痛感する。皆、ガンバを応援しながらもやることはやっているのだ。そんなことを考えながら店を出ると一日の疲れがどっと出てきた。宿泊地の西鉄イン小倉ホテルに着いた後、ベッドに倒れ込むと試合後の選手以上にしばらく動けなかった。


自分へのお土産は「ふくカレー」

関連記事①:コアサポーターはJリーグを楽しめないのか?
関連記事②:【J3沖縄遠征記】誰のために戦うのか?



心を預かる ~主体性を促すマネジメント~

入社まもない頃、上司から「お前の意見なんて求めていない」と言われた事がある。意見を言えば、暴力や会社を辞めさせようとする圧力が返ってきた。私は少しずつ上司から言われた事だけをやるロボット社員と化した。数年後、異動した先の上司は有給休暇の過ごし方や社内のちょっとした会話にも口を挟んでくる超監視タイプの人間で、自分の考え以外は受け入れず、まともなコミュニケーションが成立しない。当然、両上司共に部下からの求心力は乏しく、上長が不在になる深夜に最もチーム内のコミュニケーションが活発になるような組織だった。そんな環境で良い仕事ができるはずがなかった。

そんな社会人生活はある上司との出会いで変わった。彼は部下に仕事を任せるタイプで、積極的に部下に声をかける事で「自分の仕事が見られている感」も醸成した。時には自らピエロとなり、ムードメイカーの役割まで果たした。個人面談では「何かあれば俺が守る」と伝え、そのチームマネジメントに驚嘆した。自分が尊重されている事が伝わり、社会人生活で初めて「この人のために成果をあげたい」と思った。

この経験以来、サッカーを観る際も監督のチームマネジメントに注目するようになった。

ロペス監督
2012年、宮崎キャンプを指導する元ガンバヘッドコーチの呂比須氏

■監督業の真髄

先日、「FOOT×BRAIN」(テレビ東京)で風間八宏監督が指導論についてインタビューに答えていた。独特のサッカー観を持っている方ゆえ、戦術に選手を押し込める様なコミュニケーション法を取っているのではと想像していたのだが、同番組で強調していたのは意外にも「選手の自主性を促す」事だった。そして、それを実現するコツとして「難しい顔をしていたらダメ。ムカついても笑っていると上手くいく」と語る姿に指導される選手達が羨ましくなった。

“名将”と呼ばれる監督には共通する特徴がある。それは「モチベーター」である事だ。つまり、心理的なアプローチに長けている。サンフレッチェ広島を三度の優勝に導いた森保一監督が「プロフェッショナル」(NHK)内で監督業を【心を預かる仕事】と定義し、自分の意見を伝える前に選手の話をまず聞くコミュニケーションを心がけていると語っていたが、その発言に監督業の真髄がある。

「選手自ら考える事」が課題とされる日本サッカー界において、選手の主体性を尊重する監督が率いるクラブが好調である昨今は良い傾向だ。そして、それは監督と選手の相互理解、尊重、信頼があって成り立つものであるという考え方が、サッカー界のみならず日本社会に広がって欲しいと願う。個人が成長、活躍してこそ組織の発展もあるはずだから。

記者会見場
記者会見場も監督の腕の見せ所

関連記事:【書評/読書感想】「通訳日記 ザックジャパン1397日の記録」(矢野大輔)





Jリーグサポーターのジレンマ ~日本代表との距離感について~

先日、サッカー日本代表の試合を観に埼玉スタジアムに行った。Jリーグの数倍はするチケット料金にも関わらず毎回満員になる人気コンテンツだ。もちろん、私も楽しんでいるサッカーファンの一人なのだが、たまに“第三者目線”で日本代表を観ていると感じる時がある。言い換えると、少し醒めている。日本代表を「We」ではなく「They」としてしか見られず試合に熱くなれないのだ。

私は日本代表ファンであると同時にガンバ大阪サポーターだが、ガンバ大阪に関しては前述のような醒めた感情をもった事がない。これはコミュニィサイズの違いが原因だと考えている。コミュニティが小さい方が連帯感を感じながら応援する事ができる。よく知っている分ピッチで戦っている選手は仲間であり、私達そのものだと思う事ができる。抽象的な表現にはなるが“心の距離”を応援において重要な要素であると捉えている。

同じ事を日本代表に求めるのは不可能な事だ。日本代表試合開催時におけるスタジアムの雰囲気が「軽く」「お祭りみたい」にJリーグサポーターから見えてしまうのはメンバー構成や活動頻度から考えても当然で、それは批判される事ではない。一人ひとりの熱量はJリーグサポーターよりも低いにも関わらず高いチケット代を払って6万人弱の集客ができている事はむしろポジティブな事ではないだろうか。小さなコミュニティで熱量が高くなった結果、タコツボ化したのがJリーグなのであれば、日本代表はこのままでいいと思う。


サッカーに興味を持つ“入口”として日本代表が果たしている役割は大きい

■矛盾する承認欲求

一方で、熱量的には低く見ている日本代表ではあるが、同時に特別視もしている。

今回は日本代表という媒体を通じて我がガンバ大阪の倉田という選手を日本中に知ってもらえた事、同じく今野が再評価を受けた事は我が事のように嬉しかった。ガンバというコミュニティの中では評価されていた2人がより大きなコミュニティに認められる喜びを感じた。

Jリーグにおいて欧州移籍を快く送り出すパターンが多いのは欧州サッカー界が自分達のクラブより大きな世界である事を認めているからこそだが、同じ事が日本代表にも当てはまる。


久しぶりに代表選手された倉田秋(ガンバ大阪)

「ハリル監督にうちの●●(選手名)がバレる!」
「代表に行かせないで休ませたい」

代表選出をネガティブに思うJリーグサポーター定番の台詞であるし、本音だ。個人的にもガンバ大阪のJリーグでの1勝はワールドカップ最終予選での1勝より100倍重い。ただ、前述のような代表での活躍を誇りに思う気持ちもある。

この矛盾する気持ちと付き合いつつ、これからもJリーグと日本代表を楽しもうと思う。

関連記事:インタビュー ~ブラジルワールドカップの思い出~





日々是Jリーグ ~集団的アイデンティティについて~

「来週の試合、“参戦”する?」

Jリーグサポーターの私が仲間と頻繁にやり取りする台詞である。Jリーグに興味がない方向けに通訳すると「次の試合はスタジアムで試合を観戦しますか?」となる。《観戦》ではなく《参戦》という言葉を使うところにサポーターがサポーターたる所以がある。

Jリーグでは「WE ARE REDS!」と叫ぶ応援が有名だが、言葉の通り試合に挑んでいるのは【He】でも【They】でもなく、【We】という感覚をサポーターは持っている。お客さんではなく、クラブの一員として闘うためにスタジアムに毎週向かっている。それすなわち、“参戦”なり。


声援を送る事でサポーターも試合を一緒に戦っている

応援するクラブへの貢献はスタジアム内だけに留まらない。私の場合、スポンサーへの感謝の気持ちから家電は【Panasonic】、移動は【ANA】、新聞は【朝日新聞】、飲み物は【コカ・コーラ】、たこ焼きは【くくる】と決めている。全ての行動はクラブに還元される事を意識しての事だ。

こんな調子だから学校や職場の同僚からは訝しがられた。「宗教みたい」と言われた事もある。そこにはネガティブな意味がこめられている。確かに前述の行動はお布施と大差がない。長谷川健太監督が入ったお風呂の残り湯は飲まないし、山内隆司社長の守護霊にインタビューする事もないながら、選手考案のお弁当を嬉しそうに食べる私は立派な信者に見えるだろう。

同僚には言えない。仲間内で私が本名ではなく、ハンドルネームで呼ばれているなんて。「こ~さん」は本名ベースなのでギリギリOK。「ロスタイムさん」「ロス7さん」はまずい。教祖から授与されたと名前なんだと勘違いされる恐れがある。そもそも今は「ロスタイム」ではなく「アディショナルタイム」なので時代遅れ感も良くない。まさか自分がブログ名で呼ばれる事になるなんて・・・。

ゲーフラ
数年前まで使っていたゲーフラ。メッセージ性が強い・・・

ただ、宗教よろしくサポーター間の精神的結び付きは強い。コミュニティの希薄化が社会問題になる中で、年齢・性別関係なくゴールが決まれば抱き合える関係性は貴重だ。同じ想いを万人と共有できる喜びは何事にも代え難い。

また、中国や韓国で試合が行われる際、現地での反日感情に触れる度に嫌でも自分達のアイデンティティを意識させられる。しかし、それは決して嫌な体験ではない。なぜなら、中指を立ててくる言葉の通じない彼らの姿により一層同胞であるサポーターの一体感を感じる事ができるから。対立する存在がいるからこそ感じられる精神的な充実や興奮はJリーグならではの魅力だ。


ACLアウェイの戦いには中毒性も

最後に、クラブを「うち」と一人称で呼ぶ我々サポーターは自己同一性が強いゆえ、新しい仲間が生まれにくい面がある。蛸壷化が叫ばれて久しいJリーグにおいて、サポーターに今、求められているものは受容力だ。今年は同僚をスタジアムに誘ってみよう。

「来週の試合、“参戦”しない?」


一緒にクラブの歴史を築こう

関連記事①:コアサポーターはJリーグを楽しめないのか?
関連記事②:【ACL遠征記】広州恒大-ガンバ大阪@天河体育中心体育場




虚無感の先に -天皇杯決勝総括-

肩を落とす選手達を拍手で迎い入れる川崎フロンターレサポーター。試合後に掲げられた風間監督への横断幕。大久保嘉人の挨拶に対する涙。あの光景はぬるいのだろうか。それとも幸せな光景なのだろうか。三冠を獲った長谷川健太監督のサッカーが結果を伴わなくなった途端にサポーターから愛されなくなった事を愁いながら、そんな事を考えた。

「タイトルを取らなければ何も残らない」というのは第三者の視点だ。無冠で終わった風間監督時代の川崎フロンターレのサッカーは数年後には多くの人に忘れられるのだろうが、川崎サポーターにとっても同じかどうかは分からない。また、新監督は継続路線である事も大きい。同じ継続路線で成功した広島のミシャ→森保の前例を考えても、この決勝戦が川崎にとっての“集大成”にはならない可能性がある。来シーズンへ向けて今の道が続いている事を感じる事ができる川崎サポーターは実は幸せなのではないだろうか。


いつもはガンバ一色の万博記念公園駅が天皇杯仕様に

■虚無感の先に

ガンバが勝ち残る事を信じて購入したチケットは川崎側の指定席だった。ゴール裏も近かったので彼らのこの一戦にかける想いの強さはチャントの声量からも伝わってきた。想いが強ければ強いほど夢破れた時のショックは大きく、「もしも川崎が負ければ・・・」という視点は(川崎サポには悪いが)正直に言ってこの試合の見所の1つだった。第三者的に悲劇はエンタテイメントなのだ。

結果は“良いサッカーをして負ける”というこれ以上ない儚いものとなった。

風間監督と大久保嘉人のラストゲームという点に加え、CS準決勝の悔しさも背負っての一戦だったと思う。それらが力になったのか、重荷になったのかは分からないが、敗戦という結果になってしまった時点でそれらは虚しさを助長させる要素となった。

ただ、味わった虚無感が大きければ大きいほどクラブへの愛が強まる不思議。補強の進んでいる川崎は来シーズンもきっと強いだろう。敗戦を否定するブーイングではなく、拍手の先に未来がある。


初めてラウンジ付きシートで観戦

関連記事:【2nd 最終節】川崎フロンターレ-ガンバ大阪@等々力